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zoom RSS 東京都江東区 part1 神保山城守屋敷跡 『原田左之助生存説』

<<   作成日時 : 2012/01/13 23:23   >>

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坂本龍馬を暗殺した実行犯は誰かこの幕末最大のミステリーで最初に疑われた人物は新撰組十番隊隊長『原田左之助』です。今回はその『原田左之助』を巡る生存に関するある伝説を紹介します。

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原田左之助(1840〜1868年)の最後は、定説では慶応4(明治元)年に『戊辰戦争』で永倉新八』らと共に『靖兵隊』として近藤勇らの本隊と決別して会津に向かうも、突然一人江戸に戻って『彰義隊』に参加し、新政府軍と同年7月4日(旧暦5月15日)の『上野戦争』で戦い、そしてそのときに銃弾を受け本所猿江町の旗本「神保山城守」の屋敷に運ばれることになり治療を受けるが、2日後の同年7月6日(旧暦5月17日)に享年29歳の短い生涯を閉じたとされています。

この証言は、昭和6年4月号に『文藝春秋』に掲載された小説家子母澤寛(しもざわかん)の記事で、妻の『まさ』が左之助の最後を確認したとされる新撰組の会計方であった丹後宮津の浪人『岸島芳太郎』が京都にきた折に伝え聞いたものとして伝わるものです。

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【補足】
原田左之助が突然江戸へ引き返した理由は、その時は本人から語られた記録はありませんが、盟友『永倉新八』は後に「妻子への愛着に心惹かれた為」と証言しています。

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左之助は京都に妻子を残しており、その妻は左之助が京都を離れた1868年12月に2人目を身篭っていました。

関東で奮戦している左之助にとっては既に官軍に占領されている筈の京都へ妻子を残していることは大変気掛かりであったと思われます。

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左之助は恐らく江戸を経由して京都へ向かうつもりであったと思いますが、東海道中山道ももはや官軍に押さえられており、かといってもう『靖兵隊』を追いかけることもできない。

従って、上野で最後の戦いに挑もうとしている『彰義隊』に参加するしか道がなかったのです。

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一般的には左之助はその『上野戦争』で、戦死を遂げたことになっていますが、なんとその後中国へ渡って馬賊に入り『日清戦争』続く『日露戦争』と日本軍の後方支援をしていたという説があるのです。

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【補足】
『上野戦争』は1868(慶応4)年7月4日に勃発した『戊辰戦争』の戦闘の一つです。この戦闘で幕府方の残党が『彰義隊』として徳川家の菩提寺である上野寛永寺に立て篭りこれを西郷隆盛率いる新政府軍が壊滅させました。

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左之助は江戸で『彰義隊』に参加したと前述の定説で説明しましたが、実は『彰義隊』の名簿には原田左之助の名は確認されていません。

それどころか愛媛松山の親戚を尋ねていたという証言すらあるのです。

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このとき左之助に会ったという証言では、『上野戦争』から27年後の1907年に松山で老いた軍人が現れ、「自分は原田左之助で、日本を脱出した後中国に渡り、馬賊の頭目となって日清戦争で日本軍を援助した。」と語ったと云われています。

【補足】
「馬賊」とは中国東北部(旧満州付近)に存在していた騎馬に乗り略奪を繰り返していた群盗です。

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また小説家子母澤寛(しもざわかん)が発表した『死損ねの左之助』の中で、明治27(1894)年の『日清戦争』時に新撰組に精通してたある老軍夫が、敵の中に左之助に似ている威勢の良い人物を見つけ、

その人物が

「わしは維新の時にある恥しいことをした。再び日本へ帰る気はないから、一つ元気良く支那兵の弾丸に当たりたい」

と語ったことから、

「もしや原田左之助さんではないですか

と尋ねたところ、その人物は否定も肯定もしなかったと書き記しています。

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【補足】
子母澤寛の記述以前の大正12(1923)年6月8日の『愛媛新報』からは左之助生存説を裏付ける次の記事が掲載されています。

多摩産業新報社員の渡辺実が松山を訪れた際に、

「原田(左之助)は阪本(坂本龍馬)を刺して間もなく満州に亡命し、馬賊の群に投じて、後にこれが頭目と成り、日清、日露の両戦役に際して、常に皇軍のため貢献した人で、よほどの高齢ではあるが、今なお健在しているらしい」

と、妻から聞いたと。

この証言は明治40年頃に、渡辺実の妻『たみ』の前の夫『白石鹿次郎』が帰京した左之助と会って話したという証言に基いたものです。

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更に旧日本軍が『満州事変』で大陸進出した際には、馬賊の一人が原田と名乗ったという証言も残っており、この原田左之助生存説は只の奇妙奇天烈な話とは決して言えないのです。

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ここで原田左之助の性格を良く表したエピソードを紹介します。

左之助は若いときにある武士と喧嘩をした際、「腹を切る作法も知らぬ下郎」と罵られたことに腹を立て咄嗟に自らの腹を切っています。

彼は酒の席でよくそのときの腹の傷を見せて武勇伝を語っていました。

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彼のプライドの高さと自惚れを如実に表すエピソードですが、このエピソードが真実ならば仮に左之助が馬賊になっていたとして、それを決してひた隠しにはできなかったことも十分考えられます。

従って中国で原田と名乗ったり、日本へ戻って告白していたとしてもなんら可笑しくはないのです。

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故にこの伝説は彼だからこそ、あり得る話しなのではないでしょうか。

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神保山城守屋敷跡(伝原田佐之助終焉地)

住所:東京都江東区森下3丁目付近
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【参考文献】
『幕末維新・あの人の「その後」』日本博学倶楽部(PHP研究所)
『新説 日本史99の謎』「歴史の真相」研究会(株式会社 宝島社)
『「幕末の志士」がよくわかる本』山村竜也(PHP研究所)
『歴史人物・意外な伝説』泉秀樹(株式会社PHP研究所)

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
歴史ロマンの旅ですね。
実際にどうだったのか、資料とか文献とかでもそれが絶対とは確定できず、それでいてあれこれとつなぎ合わせて真実(と思われるもの)にたどりつく。
なんか壮大なドラマでもありますね。
はるばる
2012/01/15 13:44
お久しぶりですね。
素晴らしい歴史ドラマを読ませて頂いた思いです。歴史は苦手なので私の全く知らない部分ですが、とても楽しかったです。
ろこ
2012/01/15 20:31
お久しぶりですね。
お忙しくお仕事にご活躍だったことと存じます。
歴史物は、だんだん頭がこんがらがってきます。それを解きほどく楽しみ、新しいつながりや発見の楽しみ。解るような気がしますが、大変なことですね。だからこそ、面白いともいえますが・・・
証言者が生存しないだけに大変ですね。若しいたとしても曖昧な記憶。真偽を確かめ考証するのが面白いのでしょうね。
今年も、色々楽しませて下さいね。
S子
2012/01/16 14:44
はるばるさん
コメントありがとうございます。

生き証人がいないことは残念ですが、言われるように絶対が無いだけにロマンがあります。
だから歴史を辿る旅はやめられませんね。

ゆうじ
URL
2012/01/21 23:43
ろこさん
こんにちは。

内容が初心者無用になっておりまして、誠にすみません。でもエピソードを楽しんで頂けたみたいで嬉しいです。

成るべくとっつき易い様エピソード重視で書いていきたいと思いますので、また遊びに来てくださいね。
ゆうじ
URL
2012/01/22 00:13
S子さん
いつも訪問ありがとうございます。

楽しみにして頂いているのに、あまり更新できず、すみません。
このところ書く意欲が薄れていまして、疎かになっています。

徐々に前のペースに戻れる様改善していきたいと思いますので、また遊びに来てくださいね。
ゆうじ
URL
2012/01/22 00:17

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