遼寧省 旅順 part1 『乃木希典と武士道』

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日露戦争最大の激戦地である遼東半島の『旅順』。軍港のため規制が厳しい街ですが、最近になってやっと旅行者に開放されてきたので、遼東半島の中心都市『大連』と併せてちょっと散策してきました。今回は旅順攻略戦の会見場所として知られる『水師営(すいしえい)会見所』に纏わるエピソードを紹介します。

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旅順要塞跡


日本の存亡をかけて開戦された日露戦争。
この戦争で最も重要な戦闘は『旅順攻略戦』でした。
1904年8月19日、日本軍は当時最強とうたわれたロシア軍が誇る旅順要塞に大規模な砲撃を行ったあと総攻撃を仕掛けます。

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旅順要塞跡


旅順は軍事戦略上両国共に絶対譲歩できない場所であったため、両軍の兵士達は一歩も譲らず、死傷者は日に日に増していくばかりでした。

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この攻略戦の日本軍を指揮した司令官こそ、有名な第三軍司令官陸軍大将の『乃木希典(のぎまれすけ)』でした。最強として知られる要塞だけあって、戦況は一向に進展せず死傷者が出続けます。
乃木は近代戦についての知識が乏しかったため突撃の総攻撃を繰り返すだけであり、これが日本軍が大きな損害を被る原因でした。

【補足】
この頃乃木は50代半ばにさしかかっていました。日露戦争前は乃木は既に休職していおり、兵力増強による指揮官不足となったため復職し陸軍大将となっています。したがって、準備不足である急な任命のため旧式の突撃命令しか出せなかったと云われています。

そのため国内では乃木の更迭を進言する者がでてきました。
しかし当時の明治天皇は『乃木なればこそ、兵士達は苦しい戦いを続けられるのだ』と言い、乃木に一心の信頼を寄せました。

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旅順要塞跡


【補足】
戦闘が進むにつれて、乃木の顔には刀傷のような深いしわが刻まれていったと云われています。
乃木が戦死した者らを何よりも気にかけてたことが伝わるエピソードです。

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乃木保典戦死の地碑


この旅順攻略戦で乃木の息子の乃木勝典(のぎかつすけ)が金州南山で、そして乃木保典(のぎやすすけ)が203高地でそれぞれ戦死を遂げていますが、乃木は出征時に『誰が先に死ぬか分からない。例え誰が死んでも葬式は出さずに棺桶が3つ揃うまで待て』と言い残しています。
この職業軍人として覚悟と誇りを忘れず常に死を覚悟した乃木であったからこそ、兵士達は『この人の為なら』という気持ちで戦闘を続けることができたと云われています。

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旅順要塞旧日本軍トンネル跡


戦闘当初は要塞保塁へ白昼突撃を行い多大な犠牲者を出した日本軍でしたが、その失敗を踏まえ後に保塁直前まで塹壕を掘るなどの作戦に切り替え犠牲者を減らし、終に日本軍は敵陣の一角であった203高地にとりつくことに成功します。203高地からは旅順港が一望でき、この場所へ日本軍は大砲を据えました。
そして高地から日本軍は物見の指示で的確に砲撃を行い、港内のロシア艦隊を全滅させたのです。

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203高地から望む旅順港


この203高地の占領がきっかけとなって、周辺の保塁は次々と陥落していきました。

【補足】
近代戦に不慣れであった乃木は日本軍に大きな犠牲を出しましたが、親友であった総参謀長の児玉源太郎が乃木を助け指揮をしたことも戦況が好転した原因の1つと云われています。
児玉源太郎は乃木を戦下手とからかうこともありましたが、乃木を批判する声に対し『あの難攻不落の要塞を落とす極限の戦いを乃木以外に勝てる男はいたか』と庇い、乃木に自分にはない資質を認めていました。

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旅順要塞跡


ロシアの旅順要塞司令官であったアナトーリイ・ステッセルは、戦闘を長引かせることでこれ以上死傷者を増やすことを避けるため、未だ余力があったにも関わらず降伏を決意します。

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水師営会見所


この時終結に向けた乃木とステッセルの会見場所には203高地から東へ7kmの水師営のある農家が使われました。

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水師営会見所


【補足】
現在開放されている『水師営会見所』は跡地に野戦病院でもあった農家を使って1996年に復元されたもので、当時の建物は残っていませんが、当時の農家の様子をよく残しています。
またステッセルが乃木に進呈した白馬を繋いだとされるナツメの木が傍らにあるなど史実が忠実に再現されています。
このナツメの木は初代のものではありませんが、分木された木が東京の乃木坂にある旧乃木邸に現在も残り、毎年沢山の実を実らせています。

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水師営会見所にあるナツメの木


この会見に取材に来ていたイギリスの記者団はこの世紀の会見を写真に収めようとしましたが、この時乃木は『それは敵将に対して無礼である。後々まで恥をさらすような写真は、日本の武士道が許さぬ』と反対しています。

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水師営会見所内部


しかし、何とか写真に収めたい記者団らは再度乃木に申し入れます。
それに対して乃木は『それでは会見終了後、ステッセル将軍以下に帯剣(たいけん)頂いて、日本とロシア一同が友人として並んだところを1枚だけなら許そう』とし、同意しました。

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敗軍の将に帯剣させる行為は、世界の戦闘史上例がありません。
この行為に敵将ステッセルは、『乃木大将は最初鬼のような人物と思っていたが、会って驚いた。このような謙譲の厚い人物に敗れたことは恥ではない』と乃木を称賛しています。

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水師営会見所内部


この出来事から唱歌『水師営の会見』には、『昨日の敵は今日の友、語る言葉も打ち解けて・・・』と歌われ、今日有名な『昨日の敵は今日の友』という言葉が生まれたのでした。

【補足】
ロシア軍は敗れはしましたが、日本軍と比較すると被害は極めて少なく、それが元でアナトーリイ・ステッセルは軍法会議にかけられ死刑判決を受ける事になりました。しかし、この死刑判決は乃木らの嘆願により後に免れています。

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会見当時の水師営会見所


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水師営会見所
住所:大連市旅順区水師営
電話:0411-86233509
時間:7:30~17:30
料金:40元
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【参考文献】
株式会社産経新聞出版 『教科書が教えない歴史3(普及版)』
日経BP出版センター 『旅名人ブックス92大連と中国・東北歴史散歩』
PHP研究所 『歴史の意外な「ウラ事情」あの事件・あの人物の”驚きの事実”』
PHP研究所 『世界の名将 決定的名言』

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この記事へのコメント

ターコ
2010年04月19日 00:23
歴史をたどる旅ですね。
歴史・・・重いですね...
中国は楽しかったでしょうか。
2010年04月20日 15:25
こんにちは。
いろんなとこに行かれてるんですね~。
写真もいっぱい!
びっくり、しました。

また、おじゃまさせてください。

・・はなこころ
2010年04月22日 09:38
ご無沙汰です
いつもながら、しっかりとした調査に裏付けられた文章に感嘆いたしました

素晴らしい紀行文ですね
また、楽しみに伺います
2010年04月23日 01:29
ターコさん
こんにちは。

今年から始めた中国散策ですが、楽しいの一言です。
本やテレビなどではなく、実際体験することで沢山得られることがありましたよ。
2010年04月23日 01:32
はなこころさん
こんにちは。

楽しんでもらえたみたいで嬉しいです。
良かったらまた遊びに来て下さいね。
2010年04月23日 01:34
もんざさん
こんにちは。

未だ未だ未熟な私ですが、褒めていただいて恐縮です。

頑張りますので、これからもよろしくです。
2010年04月25日 19:20
元、なくんです。
久しぶりのコメントです。
いつも博識ぶり感心しています。
これからも続けてほしいです。
2010年04月25日 20:51
ケイメイさん
こんにちは。

いつも訪問ありがとうございます。
拙いブログですが、褒めていただいて恐縮です。

更新頻度は少ないですが、これからも続けていきますので、応援よろしくお願いします。
2010年06月05日 18:43
私は平和の世界が好きですから
この文章は覚えて、今の生活はもっと好きになります
2010年06月06日 00:01
シャネルさん
こんにちは。

私も平和な世界が好きです。
それが実現するためには過去の出来事を知る必要があると考えております。

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  • 癒しの京都 (乃木神社)

    Excerpt: 保護者会の関係で私学助成の勉強会で、京都・伏見にある橘高校に行った帰り、学校近くに神社を見つけ立ち寄ってきました。 Weblog: GAKUちゃんのひとりごと racked: 2011-10-01 14:14