サン・ドニ(Saint-Denis) part1 世界遺産 サン・ドニ大聖堂 『革命政府の墓荒し』

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打倒王政の先駆けとして有名なフランス革命。その裏でフランス革命政府が実際に起こしたある残酷な事件の記録が残っています。

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パリ郊外にあるサン・ドニ教会と墓地は何世紀もの間国王の葬儀や戴冠式が華やかに行われた由緒正しき場所であり、また歴代フランス王家の一族が眠る霊廟として有名な場所です。
パリのノートルダム大聖堂より4半世紀も早く完成しており初期ゴシック様式の代表建造物とされています。

↓ゴシック美術についてはこちらの本をご参考下さい。
ゴシック美術?サン・ドニからの旅立ち
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馬杉 宗夫

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【補足】
柩や墓石にはクロヴィスという像が置かれていますが、初期の簡素なものと比較すると時代が下るにつれて本人に似せたものが作成されるようになっています。
そして14世紀半ばになると存命中に作成されることもありました。

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時は1793年、フランス革命の折にこの場所に安置されていた王家の柩がフランス革命政府の暴徒の手で暴かれる事件が起きます。

【補足】
サン・ドニはパリ郊外の北部に位置する工業都市で、街の名は福音伝道者のルテチア(パリの旧称)初代司教となった聖ディオニシウス(サン・ドニ)を由来としています。
彼の有名な話に、モンマントルの丘で斬首され殉教した際に切り落とされた自分の首を抱えてこの街に辿り着いたという逸話があります。

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兼ねてよりあった王政への不満が爆発したともとれますが、その主な目的は国内の王政を打倒したことで未だ王政を敷いている各国軍が体制を維持しようと攻めて来た為、それを迎え撃つ弾丸の補充です。
そこでフランス革命政府は王家の墓から使えそうな金属類を奪うことを考えました。

【補足】
日本でも有事の際は寺の釣鐘や銅像などが武器製造のため、摂取されることは何度もありました。

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石灰岩の墓も粉々に砕かれて、群集はその周りで歓喜して踊り、そして青銅の像は溶かされ武器に姿を変えました。

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そして1793年10月12日、群集はサン・ドニ教会地下に下りて行きました。
そこにはフランスのブルボン王家一族がそれぞれビロードに包まれた54の柩の中に眠っていました。

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彼らは先ずブルボン王朝創始者であるアンリ4世の墓に向かい、柩を金槌で破壊しその中に更にあった柩をノミで抉じ開け、アンリ4世の亡骸を発見しました。
驚くことにその亡骸は死後200年近く経過していたにも関わらず粗完全なままで保存されていたのです。

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この時モンシーという兵士も略奪に参加していましたが、この男はこの亡骸の髭が未だに堂々としているのをみて、自分の口髭にしようとなんと即座に切り落としたのです。
その後、このモンシーという男は数々の戦いに従軍しますが約20年もの間いつも鼻下にこのアンリ4世の口髭をつけていたと云われています。

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アンリ4世の亡骸は蓋を開けた柩に入れられたままその後2日間一般公開され晒し者にされた挙句その後近くのヴァロワ墓地に掘った溝へ投げ込まれました。

【補足】
その後、ルイ13世ルイ14世ルイ15世らの亡骸もアンリ4世と同様に次々と投げ込まれることになります。

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これらの遺骨は再び王政復古した際に、サン・ドニ修道院へ移されることになりましたが、この時アンリ4世のミイラの首は見つかりませんでした。
この犯人と首の行方は現在でも謎に包まれていますが、革命時に略奪に参加していたルノワールという美術管理委員が遺骨の一部を自分のコレクションにしようと盗んだと云われています。

【補足】
その他の亡骸も元に戻されていますが、完全復旧には至っていません。

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その盗難品の中には他にフィリップ美男王の肋骨やシャルル5世(フランス王国集権化の功績で有名)の大腿骨、カトリーヌ・ド・メディシスサン・バルテルミの虐殺で有名)の下顎、シャルル9世の肋骨、アンヌ・ドートリッシュ王妃の下顎等が含まれていたと云われています。

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フランス革命で処刑されたルイ16世やその王妃マリー・アントワネットもこの場所に眠っています。
処刑された後に当初はマドレーヌ墓地に葬られていましたが、1815年1月21日のルイ16世の22回目の命日にこのサン・ドニ大聖堂へ改装されました。

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サン=ドニ大聖堂(Basilique de Saint-Denis)
住所: 1 Place de la Légion d'Honneur, 93200 Saint-Denis, France
Tel : +33 1 48 09 83 54
交通: パリ地下鉄13号線「Basilique de St.Denis」駅下車。
パリ中心部から約20分。
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【参考文献】
『世界史の謎がズバリ!わかる本③』桐生操(株式会社青春出版社)
『「ベルサイユのばら」の街歩き』「ベルサイユのばら」を歩く会(創英社/三省堂書店)

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聖王ルイの世紀 (文庫クセジュ)
白水社
アラン・サン=ドニ

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この記事へのコメント

よんちゃま!
2010年11月22日 08:23
死んだひとの「ヒゲ」を 自分につけるとは・・・・でも もし・・「亡骸」たちが・・・今でもそのまま残っていたとしたら・・・・・怖いような・・・それを見たいと思うのか・・・・・?です。
2010年11月22日 22:07
よんちゃま!さん
いつもコメントありがとうございます。

亡骸の現在の状態は資料が無い為、確認できてませんが、知らない方が良いかもしれませんね。

世の中知らない方が幸せな事って多いですから。。。
ターコ
2010年11月23日 21:58
付け髭・・・糊で付けてたのでしょうか。。ハロウィーンで付け髭を付けて遊びますが、段々テープの粘着力が無くなってきて、ずれるんですよね(~_~;) モンシーさんもずれてる時があった筈。周囲にバレてたのではないでしょうか。それでも良かったのかな。
2010年11月24日 11:38
ターコさん
こんにちは。

不自然であったのは確かだったと思います。
しかし、目的の多くは威厳と自己の鼓舞であった考えると多少のことは気にしなかったのではないでしょうか。

カツラの方も自己満足の意味が大きいと思いますし・・・
2010年11月25日 20:47
こんばんは ゆうじさん
凄まじいお話ですね。
シテ島のマリー・アントワネットが幽閉されていた牢獄には行ったのですが、サン・ドニ大聖堂には行っていませんでした。
歴代の王家の一族が眠る大聖堂の地下は、広くて54もの沢山の柩が置かれている様子は凄いですね。彫刻などは出来たらもう少し画像大で拝見したかったかな?なんてね"^_^"
2010年11月28日 20:33
naturaさん
こんにちは。

私もコンシェルジュリ監獄には行きました。
粗そのまま残っているので、セーヌ河からの景色は圧巻ですね。

その内、ネタにでもしようと思います。
(私のブログでマリー・アントワネットがらみのネタが既に幾つかあるので、ちょっと先に延ばすかも・・・)

写真はブログ用にサイズと画素数をおさえていてすみません。
オフ会などでお会いできれば、好きなだけお見せできるので、ご希望されるのであればいつでもコメント下さい。

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