パリ(Paris) part2 2区 ヴィクトワール広場 『サドとマゾ』

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『サド』。所謂『サディズム』の語源となったフランスマルキ・ド・サド侯爵(以下サド侯爵)(1740~1814)は『悪徳の栄え』や『ソドム120日あるいは淫蕩学校』といったサディズムの作品を残している作家のため、サド侯爵自身もサディストと思われがちですが、実際はマゾ(マゾヒスト)と云われています。

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そのサド侯爵が若いときに起こした『アルクイユ事件』の発端になった場所がパリ2区のヴィクトワール広場(Place des Victoires)です。
今回はこのサド侯爵について紹介します。

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サド侯爵はブルボン王家に繋がる名門貴族に生まれました。
23歳の時に富豪の裁判所長の娘『ルネ』と結婚しましたが、幸せな結婚生活も束の間、サド侯爵はパリ郊外のアルクイユ(Arquil)に別荘を構えます。
そこで、妻や姑を欺いて怪しげな女性を連れ込んだり、娼婦の家に通いつめたりと乱れた生活を送っていました。

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そのサド侯爵はある事件を起こします。
1768年4月3日の朝、サド侯爵はキザな出で立ちでパリのヴィクトワール広場に馬車で降り立ちました。

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そこに若い女性の浮浪者を見つけたサド侯爵は「うちで働かないか」と持ちかけます。
生活に困窮していたその女が承諾すると、彼女を馬車に乗せてアルクイユの別荘に連れ込みました。

部屋に通すとサド侯爵は急変し乱暴な口調で「服を脱げ!」と命じました。
女が「話しが違う」と拒むとサド侯爵は短剣を片手に「私の言う通りにしなければ殺す!」と脅し、無理やり女の服と下着を剥ぎ取りました。

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そしてソファへ女を腹這いに押し倒すと、手足を縄で括りなんといきなり鞭で背中を打ち始めたのです。
女は手足をバタバタさせて絶叫しますが、サド侯爵はお構い無しに背中やお尻を打ち続けます。

その鞭の速度がどんどん早くなると、サド侯爵は益々息を弾ませ打ち続けました。
そして、最後に甲高い叫び声をあげて射精してしまったのです。

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血まみれになった女は縄を解かれると、サド侯爵が別室に行った隙に、ベッドカバーを結んで縄を作りそれを窓枠に結び付けて、裏庭にそれを伝ってなんとか脱出に成功します。
女は逃走の途中で会った村人に声をかけられ、その一部始終を話します。
すると話しを知ったある人物が憲兵隊に通報し、この事件は大騒ぎとなりました。

この時、監禁された女は村人によって無事に保護されています。
そして、この女の密告により1768年4月にサド侯爵は牢に入れられることになったのです。

【補足】
この噂は「サド侯爵がナイフやハサミを手にしてテーブルに縛り付けられた女の肉体を切り刻もうとした」「監禁された部屋には女の死体が2,3体転がっていた」等飛躍してフランス全土に広まりました。

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牢に入れられたサド公爵ですが、この後舅の奔走により半年後釈放されます。
そして、翌1769年には妻『ルネ』との間に待望の息子も誕生し、周囲も改心したと判断して平穏が戻ったかに見えました。
が、しかしサド侯爵はその3年後また事件を起こします。

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1772年6月中旬、サド侯爵は愛人の侍従(じじゅう)と共にフランスは南部の街『マルセイユ』に居ました。
侍従はマルセイユの若い娼婦を見かけると「サド公爵の相手をしてくれる良い女はいないか?」と話しかけます。
すると話しは上手く纏まり、翌朝娼婦の家に皆で集まることになりました。

この時集まった娼婦の名前は『マリアンヌ』『マリエット』『ローズ』etcで皆若くて美しい娘が集まりました。

サド侯爵は先ず、『マリアンヌ』と侍従だけをある部屋に入れ、2人の服を脱がすとベッドに横たわらせ、いきなり『マリアンヌ』を鞭で打ち始めました。
サド侯爵のもう一方の手は侍従の局部へ向き、愛撫し始めます。

この時、サド侯爵は侍従を「ご主人様」と呼び、逆に自分の事は「LA FLUER(ラ・フルール:花)」と呼ばせました。

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次にサド侯爵はおならの出る薬と言って、催淫薬(媚薬)を『マリアンヌ』に飲ませるといきなり押し倒して後ろから攻めました。
更にサド侯爵は『マリアンヌ』に鞭を渡して、自分の尻を打つよう言い、打ち始めると「もっと、もっと」と徐々に興奮して終にはオルガスムス(Orgasme,英:オーガズム)に達してしまうのです。

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続いて、今度は『マリエット』を部屋に入れると、また服を脱がせ鞭で打ち合いをした後、『マリエット』をベッドで犯しながら、同時に自分の侍従に後ろから犯させました。
更に『ローズ』を部屋に招き裸にすると侍従と『ローズ』の性行為を見物し・・・

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この乱交パーティーから3日後、娼婦の『マリアンヌ』が催淫薬の影響で胃が痛み出し、血混じりの液体を吐いたと当局に訴えます。
そのため、他の娼婦らも尋問を受け、そこでサド侯爵と侍従に逮捕状が出されることになりました。

この時、既にサド侯爵と侍従はフランス国外へ逃亡していましたが、同年9月3日マルセイユの裁判所で欠席裁判が開かれサド侯爵は断首刑、侍従は絞首刑の判決が出ました。
罪状は「毒殺未遂と男色の罪」です。

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彼は生涯の3分の1を監獄で過ごし、最後は病院で死亡したと言われています。

【補足】
サド侯爵は政治運動や筆禍事件はあるものの、その後の研究では具体的な性犯罪はなかったとする学者もおり、監禁は不当であったとも言われています。
しかし、噂や文献が数多く残っておりその真相は闇の中です。

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ヴィクトワール広場(Place des Victoires)
住所:Place de Victoires,75001 Paris, France
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【参考文献】
『「ウラ」からのぞく世界史』株式会社大創産業
『世界史の謎がズバリ!わかる本③』桐生操(株式会社青春出版)

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この記事へのコメント

2010年12月22日 00:43
お久しぶりです。
パリに行ってたんですか~
いいですね、私も行ったんですよ「パリ」
もっとも兄貴の葬式でしたが、ポワティエってとこ
ブログペット以来ですね、またよろしく~。
2010年12月22日 23:01
すずめさん
こんにちは。

ポワティエ(Poitiers)はフランス西部の都市で、パリより南のトゥールより更に南の街であると認識しています。

パリにポワティエという町はありましたでしょうか?
私の認識が間違っていれば教えて下さいね。
ターコ
2010年12月26日 15:54
な、なんとも過激な記事ですね( ̄ロ ̄ll) ゆうじさんの興味を刺激したのでしょうか…。色んな人がいるものですね。。
2010年12月27日 02:33
ターコさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。

今回の題材では『突出した個性は才能である』ということです。

天才は(一般には)変人と見られる人が多いといますから・・・
他の人と異なっている事は素晴らしいのですが、紙一重とも言えますね。
2010年12月28日 16:11
パリは何度か行きました。一番印象的だったのは、建物にすべて性別があるって事でした。ベルサイユ宮殿も印象的で素晴らしかったですね。会社で行った時、2人がスリにあったのにはビックリ。私の想像ですがホテルの人とグルに違いない・・・。日本はまだ安全な国なのかなと思わされた瞬間でした。今年も色々とお世話になりました。良いお年を!
2010年12月31日 13:06
今年も、勉強になるブログ、写真も楽しませてもらえて感謝してます。
また来年も宜しくお願いします。
良いお年を。
2010年12月31日 18:51
今年はお世話になりました
来年もよろしくお願いします(*´∀`*)
素敵なおとしをお迎え下さい( ^_^)ノシ
2011年01月01日 13:46
明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします\(^o^)/
2011年01月02日 22:16
dragon pearl さん
今年もどうぞよろしくお願いします。

ベルサイユ宮殿は私もとても印象に残っています。
今年中に何回かネタにしようと画策中ですので、その時はまた遊びに来て下さいね。
2011年01月02日 22:18
MAROママさん
今年もどうぞ宜しくお願いします。

拙いブログですが、皆さんが読んで良かったと思えるような記事を書けるよう努力していきますので、今後もどうぞ宜しくです。
2011年01月02日 22:20
魔術師カークンさん
明けましておめでとうございます。

今年もどうぞ宜しくお願い致します。

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