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zoom RSS パリ(Paris) part5 4区 世界遺産 パリ市庁舎 『史上最も優雅な毒殺魔』

<<   作成日時 : 2011/10/21 01:41   >>

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フランスパリを彩る歴史的建築物の中でも世界遺産に登録されているパリ市庁舎は一際輝いています。ここは今でこそ観光名所の一つに数えられる場所となっていますが、嘗てその目前はグレーヴ広場(現在はオテル・ド・ヴィル広場)と呼ばれた重罪人の死刑執行が行われる処刑場でした。今回は美貌を誇る才女でありながらこの広場で処刑された恐ろしい女性『ブランヴィリエ侯爵夫人』のスキャンダラスな人生を紹介します。

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『ブランヴィリエ侯爵夫人』は名をマリー・マドレーヌ・ドルー・ドブレー(Marie Madeleine Dreux d'Aubray)といい、1630年父親がパリの司法官という裕福な家庭の長女に生まれ、我侭放題に育てられました。

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マリーは美貌と才気に溢れている娘と評判ではありましたが、若い頃から信仰心が薄く淫蕩(いんとう)であったと云われています。

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【補足】
マリーは相手が男なら誰でも体を任せるという男漁りの性癖を持っており、自分の兄弟とでさえ平気で肉体関係を持っています。

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そんなマリーも1651年、名門ブランヴィリエ家のアントワーヌ・ゴブラン・ド・ブランヴィリエ侯爵に嫁ぎました。

しかし淫蕩な性分は変わらず、様々な情事や賭博に明け暮れます。

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やがてマリーは数々の男性遍歴の中でも特に自分を夢中にさせる人物と出会います。

それは夫であるブランヴィリエ侯爵の友人であったサント・クロワという士官。

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この不貞関係にマリーの父親は激怒しました。

それ故父親は自身の司法官という立場を利用し、サント・クロワを6週間バスティーユ監獄へ投獄します。

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この監獄でサント・クロワは、当時世間を震撼させていた毒殺魔と運命的に出会いました。

元々サント・クロワは薬物学や化学に大変興味を持っており、それ故飲み込みの早いサント・クロワはこの男から毒薬調合の手解きを受けました。

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そしてサント・クロワは出獄した後、不倫相手であったマリーに監獄で得た知識を教えます。

毒殺魔『ブランヴィリエ侯爵夫人』の誕生です。

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やがて放蕩生活による散財でマリーは財産が尽きてきました。

するとマリーは、先ず不倫相手であるサント・クロワを投獄した憎い父親の毒殺を思いつき、その父親の財産を狙ってサント・クロワと計画を練ります。

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しかしこの時代身分の高い者は死後に解剖され、死因が調べられるという習慣がありました。

そこでマリーは毒殺の証拠が残らない様に毒薬の効果を確かめるべく、先ずパリ市内にある慈善病院の患者で人体実験を行う事を思いつきます。

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マリーは患者を見舞う振りをして慰問した際に毒入り菓子や葡萄酒を与えて殺害し、検証したのです。

その毒の効果は絶大で、慰問後3日間で患者は痩せ細り衰弱死したのでした。

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【補足】
この時毒殺された人数は50人にものぼります。
全員死因は胃と肝臓の壊疽(えそ)でした。

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この実験により効果を確信したマリーは終に父親毒殺を実行に移します。

しかし突然死では怪しまれると考えたマリーは、毎日少量の毒を父親に投与し続けました。
そして実行開始から8ヶ月後、終にマリーの父親は息絶えたのでした。

更に財産を独占する為に、マリーは自身の弟2人でさえも殺害しています。

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【補足】
マリーは毒殺の魅力に取り付かれ、実の娘や嘗て自分と関係を持った男にも毒を盛っています。

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やがてマリーは次の照準を夫であるブランヴィリエ侯爵に向けました。

がしかし、流石にこれには友人であったサント・クロワも黙ってはおらず、マリーが毒を盛る度に解毒剤を飲ませて助けます。

この遣り取りはなんと数年間に亘って続きましたが、サント・クロワが実験中に毒死しするとマリーの障害はなくなり、終にブランヴィリエ侯爵は息絶えたのでした。

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しかし天命か、サント・クロワが毒薬の密造部屋で変死体で発見されたときに、マリーがサント・クロワに送った毒殺計画に関する手紙36通が発見されてしまいます。

この瞬間マリーに疑いの目が向けられ毒殺行為が公けになったのでした。

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やがてマリーは逮捕され、裁判に掛けられます。

そしてこのとき彼女は恐ろしい水責めの拷問を受けたのでした。

【補足】
水責めとは17世紀ルイ王朝時代に裁判で行われていました。

口に漏斗(ろうと)を突っ込み呼吸する余裕も無く大量の水を注ぎ込まれるという拷問の一つで、その責苦はどんな罪人も恐れたと云われています。

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大量の水に苦しめられた末、マリーは自身の犯行の全てを自白するに至ります。

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死刑執行は1676年7月16日の朝に行われました。

彼女は裁判所内にあった監獄からグレーヴ広場に運ばれ、死刑執行人の手により首を刎ねられたのでした。

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更に史上最も優雅な毒殺魔と云われた彼女は死者に対する最大の冒瀆(ぼうとく)として、斬首された後に死体を火の中に投げ込まれ焼却されるという悲惨な最期を遂げます。

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焼け残った遺骨には民衆が群がり拾い集められました。

そしてその遺骨は魔除けとしてなんと死後に高値で取引されたのでした。

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【補足】
マリーの残した告白録には、生前彼女が行ってきた少女時代の近親相姦や堕胎、そして毒殺の事が嘗ての栄華を誇るかの様に綴られています。

元々明け透けな性格であったマリーは行為を自分の胸だけに留めて置く事はできず、身近な者や召使いに自慢し公然な秘密としていたと云われています。
彼女の無恥な面を如実に表しているエピソードです。

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現在このグレーヴ広場の跡には目前で繰り広げられる凄惨な歴史を見てきたパリ市庁舎が建ち、今ではすっかり静かで平和となった広場を見つめています。

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パリ市庁舎(Hotel de Ville)

住所:PLACE DE L'HOTEL DE VILLE, 75004 PARIS, FRANCE
電話:(01)42765049
FAX :(01)42764925
見学:自由(内部は完全予約制のツアーでのみ見学可)
休日:土日
交通:パリ近距離地下鉄1号線又は11号線
『HOTEL DE VILLE』駅徒歩1分
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【参考文献】
『世界史と日本の怪人物FILE』歴史雑学研究所(株式会社 学研パブリッシング)
『呪われた世界地図』怪奇ミステリー研究会(株式会社 彩図社)

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
なんか小説でも書かないような突拍子もないことがあるのがヨーロッパって感じがします。それだけ感情の激しい人がいるということなんでしょうか?
もっとも日本ならもっと前にばれていそうな気がします。それだけ土地が広くて大きな屋敷に住み、塀で囲われているから犯罪がしやすいのでしょうか?
はるばる
2011/10/21 16:39
フレンド要求ありがとうございました。
こういう歴史もあるんだなぁ・・・・
と感心しました。
ぜひ私のブログにも遊びに来て下さいね(^^)
倫音
2011/10/21 21:15
あなおぞましき物語ですね。
でもマリーさんは女の喜び(エクスタシー)を感じていたからこそそうなったのでしょうね?
喜びは知った方が良いのか、知らない方が良いのか考えものですね?
フランスは私には女性は綺麗でしたがとっつきにくい国でした。
beetle
2011/10/23 08:25
はるばるさん
こんにちは。

周囲もとっくに気付いていたと思いますよ。
ただ決定的な証拠がなかっただけかと・・・

原因は当時の厳粛な階級、身分による権力でしょうね。
ゆうじ
URL
2011/10/23 11:18
倫音さん
コメントありがとうございます。

遊びに行きますね。
これからもどうぞよろしくです。
ゆうじ
URL
2011/10/23 11:19
beetleさん
こんにちは。

おっしゃる通り女の喜びを感じていた結果だと思います。

また自分が作ったもので面白い様にそして思い通りに人が死に、財産が入り欲望が満たされ続けた事も収まりがきかなくなった所以でしょう。ゲーム感覚に近いのかな?

綺麗なものにはやはり棘があるのでしょうかね。
ゆうじ
URL
2011/10/23 11:28
そんな人間がいたなんて、考えるだに恐ろしいですね。。どうしてそんな人間が出来上がるんだろう。脳のどこかが欠損しているとかなのでしょうか。今夜はうなされそうです。。(-_-ll)うう。。
ターコ
2011/10/24 00:44
ターコさん
こんにちは。

ブラックネタを読ませてしまってすみません。
ただこういう人間がいること、また人間にはこういう部分がある事を知っておかなければならないと思ってます。

そして自分の行動に生かせばいいと思うのです。
ゆうじ
URL
2011/10/30 18:35
お久しぶりです。

いや、今回のエントリには驚かされました。食い入るように最後まで読みました。

う〜ん、恐ろしいとしかいいようがないです…。美しい景観の中に溶け込んだ歴史のこんな一幕があったとは。

でも、悪いことは出来ないって、やっぱり思いますね。
でじょだーじょ
2011/12/05 18:19
でじょだーじょさん
こんにちは。

内容はブラックですが、興味深く読んで頂いて嬉しいです。
普段見ている景観一つ一つにエピソードがあると思うと街を歩くのがとても楽しくなります。

P.S
日頃の行いに気を付けたいとあらためて感じる話ですよね。
ゆうじ
URL
2011/12/31 10:27

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